へ行こう!
宝股山山頂へ | ||||||||||||||||||||||||
①②③④⑤⑥⑦⑧ | ||||||||||||||||||||||||
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①宝股山の登山道・遊歩道は道路沿いにあります。
柵のある遊歩道が登山道です。
遊歩道の完成からかなり月日が経ち、結構、痛みが目立ちます。
遊歩道を柵に沿って少し歩くとー
②木の階段があります。
ここからお山への登りが始まります。
ここまで、「宝股山遊歩道」って看板を何度も見てきました。
歩きやすい道を想像してきました。
でも、階段を上がってみたら、結構、ジャングルでした。
登山者も少ないみたい。
踏み跡も薄くて、なんとなく分かるくらいでした。
靴や長袖、ちゃんとした格好じゃないと、あとで痒くなりそう。
登山道自体は、階段状に整備されています。
③左右に横切る道、遊歩道に出ました。
登山道の続きはちょっと右ー
看板とかないので、季節によっては見つけづらいけど。
斜めに登る道があります。
ちなみに、遊歩道方面には進まないように。
あとで紹介しますが、遊歩道は各所でズタズタに崩壊しています。
雑草もはびこって歩きづらいです。
まっすぐ登る登山道で山頂を目指しましょう。
大きなシダが生えてたり、登山道はすっかり山道。
足下の階段も見えにくいくらいの草。
つまづいたり、滑ったりしないように。
④雑草が大人しくなったところで振り返り。
麓は叶浦地区。
「叶浦」と書いて「かのうら」。
左奥は大島、右奥は大三島、大三島橋もちらり。
⑤倒れかかってる木の下をくぐったり。
5月後半ともなれば虫も元気。
もたもたしてると、ブンブン、顔のまわりでうるさいです。
カメラのレンズや眼に向かってくる小さな羽虫。
たまに目に入ることがあるから、ホントにうっとうしい。
あれ、なんで眼に向かってくるんだろう…。
さて、登山道は山頂手前で遊歩道と遭遇します。
遊歩道はらせん状に登る風に整備されました。
最後は直登する登山道と一緒になって山頂へ向かいます。
⑥山頂部分に到着。
道は左右に分かれ、丁字路っぽくなっています。
宝股山の山頂部分は南北に長く、南北にそれぞれ、ピークがあります。
北側は、三角点のあるピーク。
南側は、巨石遺構のあるピークです。
まだここはふたつのピークの間の凹地です。
ひとまず、三角点を見に行きましょう。
左へ曲がり、
踏み跡をたどって奥へ進めばー
⑦草が開けた場所に三角点があります。
三角点ピークに到着。
三角点はあくまで地図作成・測量のためのもの。
宝股山の山頂は巨石遺構のあるピークでしょう。
「北浦」三等三角点。
標高は、 303.73mです。
⑥凹地に戻り、巨石のある山頂へ向かいます。
三角点からでも1分程度の距離です。
⑧巨石が露頭した山頂に到着!
大きな岩が露頭しているためか、木木がまばら。
空がわっと開けています。
見晴らしも抜群です。
伯方町指定文化財(史跡) |
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平成16年(2004)2月24日、伯方町指定文化財(史跡)に登録された。 |
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遺構および遺物 | ||
山頂に高さ270センチの「石神」(石そのものが神)が屹立している。その他、石神を中心に巨石を配置して構成された神域を表す「磐境」や、神様が降臨される「磐座」などの遺構が見られる。 石神を中心とする山頂付近では、多数の土器破片(弥生中期)のほか、石鏃・石斧などが採集されている。 |
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案内板設置者 |
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一際大きな岩。
その脇を通り抜けられます。
巨石の向こう側に出た途端、見えてきたのは有津の港。
「有津」と書いて「あろうづ」と読みます。
そして瀬戸の多島海が目に飛び込んできました。
大三島の岬・戸代鼻のさらに奥に、住友鉱業の四阪島まで見えました。
巨石には石鎚神社がお祀りになっています。
後ろからはひとつの岩に見えたけど、ふたつの岩が寄り添っています。
巨石信仰では、巨石は「石神」とか「
石神は、「男陰石」と「女陰石」の二通りあると云います。
山頂のこの岩、巨石を二枚組み合わせた石神は「女陰石」です。
ふたつの岩の間にー
石鎚権現の石仏が祀られています。
合掌。
石鎚神社で販売してる御神酒が奉納されてる!
有津方面はちょっとした崖と云うか岩場。
よく見るとー
鎖場がありました。
遊歩道が整備されるまでは、登山道は山伏も通うような道でした。
鎖場はその当時の名残です。
そして、鎖場が生きていた頃は、この場所にはお堂が建っていました。
東から南にかけてのパノラマです。
写真左端には、尖った積善山のある岩城島や弓削島など、通称「ゆめしま街道」の島島。
写真左の入り江は古江の港。
写真中央は、さっき周回した有津の港。
有津の港の先に浮かぶ大きな島は、村上海賊の根城だった鵜島。
有津の町並み。
橋じゃ渡れない鵜島。
フェリーが伯方島~鵜島~大島を結んでいます。
右奥の小島は能島。
観潮船でも乗らないと上陸できない、村上海賊の城跡が残る島です。
古江の港と、越智郡上島町の島島。
越智郡上島町の島島をアップで。
岩城島、
生名島と佐島を結ぶ生名橋もちらり。
大深山の電波塔越しに、木浦の伯方港や造船所が少しだけ見えました。
大三島越しに比岐島。
バックの山並みは石鎚連峰。
しまなみ海道が通る側、南から西にかけてのパノラマ。
しまなみ海道は写真中央の大島から来て、麓をかすめ、写真右の大三島へ。
今日はホントに天気がよかった、暑かったけど。
赤石、石鎚、皿ヶ嶺、遠くの山並みまで見えました。
大三島と生口島に架かる多々羅大橋。
奥は、広島県三原市幸崎付近。
北西の尾根に、トウノ峰、龍ノ岡。
バックにあるのは大三島の鷲ヶ頭山。
最後に、大島大橋、伯方橋。
ひとりごと | ||
今回、直登する登山道で山頂に向かいました。 昭和31年11月に刊行された「伯方八景案内」では、 さて、登山の前に、駐車場の休憩所で支度を調えました。 駐車場からとことこ坂を登り、遊歩道へ。 ほったらかしでも、丸太の階段とかはちゃんと残っています。 登山口から山頂まで、大した距離でも、高度差でもありません。 あと、道標や案内看板が、登山道や登山口にほぼ、ありません。 さて、草をかきわけ、登り切った山頂。 山頂には巨石信仰を匂わせる巨石があります。 |
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