天狗の森から


正木の森から


天狗の森から

高知県津野町穴神トンネルから


鉱山開発前の貴重な姿。

鳥形山(とりがたやま)
高知県吾川郡仁淀川町
標高1346.52m
▲山頂の三角点
点 名 黒滝
種別等級 三等三角点
地形図 高知 - 新田
緯 度 33°29′30″.1450
経 度 133°04′01″.2300
標 高 1346.52m
所在地 高知県吾川郡仁淀川町別枝字日比原2771-43

鳥形山は、毎日、削られて低くなり続けている石灰岩のお山です。

鳥が羽を広げているような姿に見えたことが、お山の名の由来です。

江戸時代、鳥形山は土佐藩の御留山(おとめやま)として木の伐採は固く禁じられていました。
明治以降も不必要に伐採が行われず、豊かな天然の森に覆われてきました。
おかげで貴重な高山植物も荒らされることなく自生し続けています。
春に見られる「トリガタハンショウズル」は、植物学者・牧野富太郎博士がこの鳥形山で発見した新種です。
ヒメシャラやブナ、アケボノツツジなどの群生林もみられます。
年間降雨量が3000~5000mmを越え、温暖な高知県にあって冬、1mほどの積雪も珍しくない気象条件が多種多様な植物を育んでいます。

昭和36年(1961)に高知県が四国カルスト県立自然公園を設定した当時は、鳥形山もその一部に属していました。
県立公園指定を解除されて以降は、「鳥形山森林植物公園」として、主に山頂部分の、鉱山開発部分を除いた8haの範囲が保護されています。

鳥形山一帯が県立自然公園の指定を外れたのは、石灰岩の鉱山開発が始まったからです。
鉱山開発はお山の運命も姿をも変えた出来事でした。

日本の石灰岩の起源は、約2億5千万年前~3億7千万年前に太平洋の赤道付近で形成されたサンゴ礁が「プレートテクトニクス」、もしくは「プルームテクトニクス」によって移動してきたものと考えられています。
海の堆積物など、いろんな岩石を運んできた海洋プレートが大陸の下に沈み込む際、最終的に厚さ500~1000mにも堆積していた石灰岩層は剥ぎ取られ、大陸に付加されました。

鳥形山の石灰岩層もプレートの移動により、現在の位置に運ばれ、約200万年前の四国山地の造山運動で持ち上げられ、現在の姿となりました。

鳥形山周辺は、「秩父帯」の北帯「黒瀬川帯」の「白木谷層群」と呼ばれる、石灰岩がレンズ状に分布する地層に属します。
石灰岩は、鳥形山山頂を中心に東西4400m、南北400~900m、海抜800m以上に賦存していると考えられています。
その量はおよそ10億トンを越えると推定されています。

高知県内には、鳥形山のほかに勝森、土佐山、白木谷鉱山など、石灰石鉱山が操業しています。
年間約1億7千万トンの生産量は、 国内総生産量の11%を占めています。
1位は大分県(19%)、2位は山口県(11%)、高知県は次いで第3位となっています。

鳥形山の石灰岩は、戦後の経済復興のために行われた鉄鋼原料調査でも調査対象とされました。
昭和43年(1968)5月、日鉄鉱業により、開発準備がスタートしました。
大規模な物理探査やボーリング調査が行われ約16億トンの鉱量が確認されました。
同時に、道路や長距離ベルトコンベアの建設も進められました。
昭和46年(1971)5月、露天掘りによる生産が開始されました 。
2年後の昭和48年(1973)には、年間生産量が1000万トンを突破。
昭和63年(1988)には、露天掘り日本一の生産量を達成しました。
近年の生産能力は年間1400万トン余りで、平成27年(2015)8月には、開山以来の累計生産量が5億トンに達しました。
あと100年は生産し続けることができるとみられています。

石灰岩は、坑道を作らず、地表から直接に掘り進む「露天掘り」によって採掘されています。
そのため、開発前、1459mあった標高は、いまでは約200mも低くなっています。
もう、鳥が羽を広げているような姿ではありません。
薄くスライスするように掘り下げられた山頂は、地方空港の滑走路と同規模の平地が拡がっています。
180トン積みの巨大なダンプトラックが右往左往しています。

採掘された石灰岩は、標高差850m、総延長23.3kmにも及ぶ、計9基のベルトコンベアにより、遠く須崎市の海岸選鉱場まで送鉱されています。
ベルトコンベアの速度は分速300mです。

鳥形山の三角点がある山頂は、日鉄鉱業の採掘敷地内です。
ゲートもあり、一般の立ち入りはできません。
日鉄鉱業鳥形山事務所の入山許可が必要です。
※ゲートの手前にハシゴがありますが、ゲートを通らないだけで不法侵入には変わりありません、やめましょう。

鳥形山森林植物公園の林内歩道が、1250mほどにある登山口から標高1325mのピークまで整備されています。
ヒメシャラやマンサク、ウラジロモミなどがある自然豊かな森は、オオルリやキビタキの飛来地にもなっています。
小さな祠を過ぎると、360度のパノラマが拡がる山頂展望台があります。
走り回るおもちゃのように見える巨大重機の姿がある、広々とした採掘場が間近です。
太平洋も遠望することができます。

国道33号線からアクセスすると、平家落人伝説が残る「都」集落を通ります。
壇ノ浦の戦いで入水したとされる安徳天皇が、屋島の戦いのあと、平家一門と共に四国内陸に潜幸(天皇がひそかに移動)し、落ち延びたと云う伝説の地のひとつです。
各地を転々とした一行は、しばらく都に滞在し、現在、陵墓参考地がある横倉山へ移動したとされます。
けれど、都に残る話では、天皇はこの地で18歳で崩御されまれました。
それを裏付けるかのような、皇陵伝説地=御陵墓の参考地も存在します。
「皇」の字を分割した「白王」八幡宮があったり、天皇の乳母を祀る「うば様の宮」もあります。

麓の秋葉地区では、毎年2月9日から11日の3日間、「秋葉祭り」が秋葉神社を中心に開催されます。
「秋葉祭り」は、高知市の「志那袮(しなね)祭」、中土佐町の「久礼八幡宮秋季大祭」と共に、「土佐三大祭り」のひとつです。
高知県の保護無形民俗文化財に指定されています。
最終日11日の大祭が賑やかで、岩屋神社から秋葉神社までのゆかりの地を半日をかけ、200人程の行列が練り歩きます。
送迎バスや屋台も出て、県内外から大勢の見物客が訪れます。

56.1km
久万高原町中津 大渡ダム大橋
6.1km 4.3km 高知
7.3km 石神峠 12.7km 10.3km
4.6km 6.7km 仁淀川町新田
別枝 1.5km 2.4km
石灰岩採掘場
大引割小引割
鳥形山展望台 三角点
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