星ヶ森、横峰寺奥の院の鉄の鳥居
愛の山から(写真中央、稜線の凹んだ部分)
星ヶ森(ほしがもり)
愛媛県西条市小松町石鎚
標高813m
別名・星ヶ森峠、星森峠、横峰、金ノ鳥居
※三角点はありません。

星ヶ森は、横峰寺奥の院、石鎚山遙拝所の古峠です。

国指定名勝。
ふるさと百山(73番)。

四国の地層は大きく分けて4つに分けられます。
北から領家帯、三波川帯、秩父帯、四万十帯です。
領家帯と三波川帯の間に、日本の大断層である中央構造線が走っています。
領家帯と三波川帯は共に、変成岩がベースの変成帯です。
けれど、中央構造線による分断と活動により、地形の発達が大きく異なっています。
三波川帯は、石鎚山を代表とする急峻な山岳が、造山運動により発達しています。
垂直方向の食違いの結果により生じた直線状に連続する急斜面=断層崖の結果です。
麓からたった十数キロで2000m弱の高度差を生じている「石鎚断層崖」が特徴的です。
石鎚断層崖は大規模な断層崖です。
西条から東へ、ほぼ一直線に連なり、四国の屋根と云われる山脈を形成しています。
星が森は、その石鎚断層崖の一画に位置しています。

星ヶ森のある一帯は、往時より「横峰」と呼ばれています。
横峰が歴史に登場したのは、飛鳥時代、約1300年ほどの昔のことです。
修験道の祖、役小角(えんのおづの)が、修業のため、横峰にこもりました。
ここ、横峰からは石鎚山が遥拝できるからです。
遥拝中、雲の中に蔵王権現の姿を見た役小角は、横峰を霊山とすることを決意しました。
シャクナゲの木に蔵王権現の像を刻み、小堂を建て安置しました。
その小堂が、横峰にあるお寺「横峰寺」の開創と伝えられます。
その横峰寺から500mほど離れている星ヶ森は、横峰寺の奥の院とされています。

ちなみに、石鎚や横峰の開山に関し、『日本霊異記』は「寂仙」の名を上げています。

弘法大師・空海が42歳のときに入山した際、厄除け「星祭り」の行をとり行いました。
その星祭りが星ヶ森の名の由来になったと云われています。
星祭りは、現在でも真言宗で行う厄除け法要のひとつです。
暦の上の年始にあたる立春の候、2月の節分の頃に行われています。

空海も入山した横峰寺は、四国八十八ヶ所霊場の60番札所です。
標高740mの高所にあり、四国霊場中3番目の高さです。
現在は林道を経由し、すぐそばまでクルマで入山できます(有料)。
けれど、林道開通前は、急勾配の遍路道は最難所札所のひとつでした。

石鎚山との結びつきが強かった横峰寺。
古来、蔵王権現を祀る石鎚山の別当寺のひとつでした。
石鎚修験道の中核で、先達である山伏の寺として栄えました。
石鎚登山道のひとつが、横峰寺、星ヶ森を通っていたからです。
松山からの参拝者も、中国地方から船で渡ってきた信者らも、通りました。
松山からの参拝者らは、小松の大頭から湯浪を経て星ヶ森へ至りました。
船で訪れた参拝者らは、氷見で下船後、小松新屋敷の岡村から綱付山へ入山し、星ヶ森へ。
どちらのルートも現在の遍路道に酷似しています。
星ヶ森からはモエ坂を下り、虎杖(いたずり)へ出、黒川道を通って成就社に至りました。
安政4年(1857)には、およそ1万250人の登山者があったとの記録があります。
(黒瀬峠経由今宮道ルートも含む。)

ちなみに、モエ坂も、弘法大師に由来する地名です。
大師は、横峰と石鎚山を往復する、21日間の日参修行をしていました。
急坂を登る帰路、「しんどいのう、この郷のモエ坂よのう」とぼやかれました。
「モエ」は、足が燃えそう、体が燃えそうの「燃え」です。

石鎚参詣者が多かった頃の横峰寺の境内には、長屋風の遍路屋が一軒ありました。
干柿子・餅などを売ってもいたようです。
境内のすぐ下にも12戸ほどの民家が存在していました。
参拝者らは横峰寺で一泊し、翌朝、それぞれ下っていったようです。
歩き遍路は、大頭の宿に荷物を預け、湯浪経由の遍路道を打ち戻し=往復していました。
現在のように、綱付山を越すルートはあまり勧められなかったようです。

明治に入り、石鎚信仰と密接な関わり合いがあった横峰寺は、一度、廃寺の憂き目に遭いました。
神仏分離令による神仏分離・廃仏毀釈です。
石鎚蔵王権現が、権現号令菩薩号の廃止に引っかかったためでした。
明治4年(1871)に廃寺になり、「石鎚神社西遥拝所横峰社」となりました。
結果、檀家は61番札所の香園寺へ。
同時に、60番札所も消滅しましたが、小松の清楽寺が受け継ぐこととなりました。
明治10年(1877)、信者や地元民らの復活運動を檀家総代が取りまとめ、横峰寺再建願いを提出。
翌年、愛媛県令から再興を認める決定を得ることができました。
明治13年(1880)、まず大峰寺という名称で復活。
60番札所にも返り咲くことができました。
横峰寺の旧称復帰は、明治41年(1908)までかかりました。

本尊は、桧造りの大日如来坐像で、愛媛県指定文化財です。
同じく、県指定文化財の金銅蔵王権現御正体も所蔵されています。
大日如来坐像、金銅蔵王権現御正体、ともに、平安時代末期の作です。

先述したクルマで入山できる林道は、黒瀬湖からの平野林道です。
昭和59年(1984)に完成しました。
クルマやバス遍路は、こちらの林道を利用して参拝します。
いしづち森林組合が管理し、横峰寺駐車場までの区間、有料です。
2023年現在、普通車1台、1850円と、全国の有料林道でも高額です。
冬季、12月末~2月末は、通行止めとなります(徒歩参拝は可能)。
京屋旅館支店の隣から横峰寺駐車場まで、せとうちバスが運行しています。
片道30分。
往復の運賃は、大人、1800円 です。
運行期間は、3月1日~12月20日。
冬季の林道通行止め中は、バスも運休します。
横峰寺駐車場から横峰寺まで500m、徒歩10分ほどかかります。

星ヶ森は、平成29年(2017)10月13日、国の名勝に指定されました。
また、平成28年(2016)10月3日に「伊予遍路道」が国史跡に指定されました。
翌年、「横峰寺境内」や「横峰寺道」も国史跡に追加指定されました。

大頭 小松IC 氷見 加茂川橋 西条IC
松山 37.6km 700m 5km 4.9km 5.9km
6.2km 4km 3.2km
中野
松山IC 松山自動車道
7.4km
横浪休憩地 高知
2.5km 180m
平野林道 5.3km 黒瀬峠
不入山 横峰寺P 8.3km
横峰寺 大保木
800m 関門
虎杖
石鎚山登山口

松山駅

JR予讃線
高松行き

伊予西条駅

西条駅前

せとうちバス
西之川線

横峰登山口

徒歩

上の原

せとうちバス
横峰登山バス※

横峰寺

JR四国(鉄道) →せとうちバス
※運行時刻の定まっていない「路線不定期運行」。
集合状況により運行 。
横峰登山口からの最終バスに間に合わない場合があります。
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